僕帝国幻想

見知らぬ場所にいる人間には、どうして憧れてしまうのだろう

『ゼロからトースターを作ってみた結果』

平成が終わろうとする今、歴史にとても惹かれている。
僕は近ごろ、歴史の本ばかりを読んでいる。
この一冊は最高の歴史書だった。
トーマス・トウェイツの『ゼロからトースターを作ってみた結果』である。

 

ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)

ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)

 

 

 
本書は、文字通りの一冊で、著者が500円で買ってきたポップアップ・トースター、つまりパンが焼けたら飛び出るアレを、ゼロから自作するという本である。
それが何の歴史書かといえば、たった500円のトースターを自作することが、途方もないの歴史を経て現代の文明社会に至っていることを実感できるからだ。
 
さて、さっそくトースターを分解してみよう。
プラスチックでできた筺体や、タイマーのついた電子回路、もちろんパンを焼くためのヒーター。
さまざま100種類以上のパーツがある。
ゼロからそれらを全部作るなんて無理だ。
そこで、最低でも、真っ当なトースター的なトースターを作るために、素材を5つに絞り込むことになる。
鋼鉄、マイカ、プラスチック、銅、ニッケルである。
 
じゃあ、最初に鋼鉄を作ろう。
たとえば、現代の製鉄を見ると、とんでもなく集積的な産業となって、鉄鋼製品が作られていることがわかる。
 
でも、ゼロから作るは、鉄鉱石を掘ってくるところから始まる。
そして、庭で製鉄をする。
それには現代の製鉄技術は役に立たない。現代人は、庭でバーベキューはしても、溶鉱炉は作らないからだ。
トーマスは科学史図書館で、16世紀にラテン語で書かれた技術書を見つけ出し、500年前の技術で精錬を試みる。
この結末はとても興味深いので、ぜひ本を読んでほしい。ばかげた図解もたくさんあって、面白い。
 
この本は全編こんな感じで、途方に暮れる素材集めばかりだ。
プラスチックは、もちろん石油から作ろうとする。ヒーターとなるニッケルなんて、いったいどこにあるのか、といった具合だ。
文明社会は、数えきれないほどの知らないことの積み重ねで成り立っている。
それを思い知るように、500年前の製鉄を実践するように、歴史を行き来して、トースターを作ってみる。
 
 
リープフロッギングという言葉がある。
新興国で科学技術が歴史的な発展段階を経ないで、最新技術を活用するようになる現象のことを指す。
本書を読んで体感するのは、まさに逆説的なリープフロッギングにほかならない。
僕たちは、いま使っている技術がどのような階段を上って作られているのか、すべてを知らない。
グローバリゼーションでは、長大なサプライチェーンがシステムとなっている。
もちろん、僕たちもそのサプライチェーンのひとつの歯車であり、末端の消費者でもある。
安いトースターを分解して、原料である鉄鉱石や石油へさかのぼっていくことで、現代から歴史をたどっていく。
そういった意味では、技術の歴史も、なぜだかこのように至った一連なりのサプライチェーンともいえる。
 
僕が読後一番に抱いた思いは、リープフロッギングを理解できている人は、本当には少ないのだろうということだった。
また、理解できれば、社会的により重要な仕事ができるのだろうということも思う。
リープフロッギングにおいて特徴なことは、その技術や慣習が、突如として所与のものとして現れることである。
たとえば無線通信を考えてみよう。
電話線や電線さえないような地域において、電波塔が立って、皆がスマホを当たり前に使うというようなことである。
新興国における、こういった現象は想像しやすいことであるが、先進国においても起こることである。
ただし、先進国におけるリープフロッギングは、これまでの歴史的な発展の延長線上の、はしごをはるかに飛ばしたところにあり、予測困難なことである。
(こうしたことを考える人が、ビジネス用語でいうところのビジョナリーと呼ばれる人たちである。)
歴史を知るということは、このはしごを一段ずつ理解していくことなのだと思う。
 
本書のような歴史書を読み漁っているうちに、ひとつの仮説が思い浮かんだ。
歴史というのは、リープフロッギングありきで発展していったのではないか?
発明やビジョン、別の地域からの輸入という形で起こり得る、技術的な飛躍がある。
たとえば、鉄砲伝来から織田信長の火縄銃戦術は、まさに日本の歴史を変えた事象である。
その時点において成し遂げられない発展を、技術や慣習の進歩を通して、はしごのステップを埋めて上っていくようなプロセスがあるのではないか。
だとしたら、必要なことは、そのような挑戦的な課題に対して、それを実現させることに対するインセンティブを促す制度ではないだろうか。
 
技術史を紐解いていくと、偶然にそうなったという事象はよく見られる。
(代表的には、キーボードのQWERTY配列が挙がる。)
そして、リープフロッギングを実現させるプロセスは、いくつか考えられるルートのうち、たまたまそうなったという発展に最適化される形で現れる。
ひとたびリープフロッギング現象が起こると、そこにはとてつもない需要が生じる。
製鉄における高炉はまさにそうしたものである。急激な鉄鋼の需要に応える形で高炉ができた結果、自宅の庭で鉄を作るには、中世の知識に頼ることになる。
「もし、それが実現したら?」を現実化するために段階を踏むことが、現代のビジネスである。
それは科学技術にとどまらず、慣習や文化、ライフスタイルの発見にもつながる。
リープフロッギングが起こることは、自明であると考えるならば、僕たちが行動すべきことは、未来がそうあったならば、自分自身はどうすべきかということになるだろう。
それは、Amazon創業者のジェフ・ベゾスがいうところの「後悔の最小化フレームワーク」にほかならないのである。