僕帝国幻想

見知らぬ場所にいる人間には、どうして憧れてしまうのだろう

『世界でもっとも美しい10の科学実験』ロバート・P・クリース

歴史上でも重要な、これら10の実験をすべて知っていた人は意外と少ないのではないか。

僕が初めて知る実験もあった。1つ目の実験、「エラストネスによる地球の外周の長さの測定」は紀元前3世紀のギリシャで行われた。この実験における、重大なパラダイムは、地球は球形であると仮定したことだ。地球は丸いという話は、天動説と地動説にまつわるコペルニクス的転回として知られるが、それよりも遥か昔、エラストネスの1世紀前にアリストテレスも地球は丸いと知っていた。

さて、エラストネスは日時計の針の指す影の長さが、南北によって異なることに着目した。ある同じ時刻の異なる場所での影の長さをもとに、地球の外周の長さを導き出した。

興味深いことに、古代中国でもこのことは知られていた。しかし、『淮南子』の著者は、地球は平らだと仮定していたため、同じ実験をして、太陽との高さの差がわかるとしたのだ。

 

この本の面白さは、科学史と哲学の専門家である著者が、実験と美について往復しながら考えていることだ。単なる実験の話にとどまらず、美についての哲学を科学実験を通して捉える。先のエラストネスの実験について書かれた次の章は、Interludeとなっているが、「なぜ科学は美しいのか」である。

中でも興味深かったのは「科学とメタファー」という章で、光が波であると示したヤングの実験のあとに置かれている。科学は、事実そのもを扱うのであって、何に似ているかというメタファーを扱うのではない、という考えがある。一方で、人はメタファーによって考えを深めている。この対立は、メタファーという言葉がすべて同じ機能を持つわけではない、ということによって解決できる。

科学におけるメタファーの機能を3つに分ける。第一に、フィルターとしての機能で、直観的にある特徴を抽出し、それ以外の要素を取り除く。第二は、創造的な機能である。ヤングが光は波であるといったように、あるものが何かに似ているということから、概念が拡張していく。第三には、何かに対する全体像を塗り替えることが挙げられている。

メタファーは文化と歴史に根差したものであるから、科学的といわれるような正確さを遠ざけることもあれば、理解を深めることにも役立つ。光が波であるという、簡明なアナロジーは、美しいと感じることにもつながることである。

 メタファーとアナロジーはまさに、人類が受け継ぎ発展させてきたことのすべてを利用して、自らを未来へと投企するための方法なのである。教育と経験は人の心をメタファーで満たし、人はそれを新しいものに注ぎ込まずにはいられない。そうすることで、既知のものを何か新しいものに変貌させるのだ。

 

そういった歴史的な連なりの中では、ラザフォードによる原子核の発見を扱った章は「わかりはじめることの美しさ」と題されている。この章では、発見に至るまでのプロセスに注目する。

20世紀のはじめ、ラザフォードはウランが二種類の放射線を出すという発見をする。透過性の弱いほうはアルファ線、強いほうをベータ線と名付けた。ベータ線は電子であることがわかったが、アルファ線は正の電荷をもつ謎の粒子であった。ラザフォードは、アルファ線を出すラドンを薄いガラス管に封入し、それをさらにガラス管に封入し、あいだの空間を真空にした。中にはラドンから放出されるアルファ線のみが入り込める。すると、その空間にガスがたまっていくことを見出し、それがヘリウム原子であることが分かったのだ。

さわりを紹介したが、原子核にはまだ遠い。原子(atom)はそもそも、分割不可能という言葉に由来しているのである。ラザフォードの研究は、原子核を見つけるために始めたものではなかった。

ラザフォードはアルファ線に関して、さらに発見をする。真空中でアルファ線のビームを感光紙にあてるとはっきりとした点になるが、空気中ではぼんやりとした点になる。空気中の分子に衝突して散乱するためと見出した。この散乱があるために、アルファ線電荷を測定することは困難であり、そのための遠回りを余儀なくされる。しかし、散乱があることが原子核の発見につながっていくのである。

ここから先の歴史は本書に譲るとして、この原子核の発見に至るプロセスは、科学的といわれるような決まりきった(再現性のある)プロセスを経て、論理的に決定されるというありがちな先入観とは離れている。探究的で偶然的かつインスピレーションによってもたされている。これは芸術のプロセスにずっと近いのではないか。

 

本書で挙げられている10の実験は、さまざまな美しさで形容できる。エラストネスの実験のような単純でエレガントなものから、ラザフォードらの複雑なプロセスによるものがある。あるいは、フーコーの振り子のように宇宙的壮大さを持ったものや、電子の二重スリット実験のようにあまりに神秘的なものもある。これらのイメージは科学から考えることによって引き出される。

科学を美しいと思うことは、普通にはまずないことだが、この本はそのように感じることがわかる良い手引きである。

世界でもっとも美しい10の科学実験

世界でもっとも美しい10の科学実験